明合古墳群 あけあいこふんぐん

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国指定史跡
指定 昭和27年10月11日
時 代   古墳時代中期(5世紀前半)
所有者   農林水産省・津市

明合古墳群は、昭和24年に、津高等学校地歴部の古墳見学の際に発見され、鈴木敏雄、山田勘三、村治圓次郎、竹島基三や、梅原末治、斎藤忠氏らの考古学者の調査を経て国指定史跡に指定されました。
この古墳群は、安濃川右岸の経ケ峰から派生する標高40mの台地上に位置しています。形態は、主墳が二段築成の方墳で南北の両辺に造り出しが付き、その特 異な形状から「双方中方墳(そうほうちゅうほうふん)」とも呼ばれています。規模は、一辺約60m、造り出しを含めた全長は81m、高さ約10mを測りま す。

外部施設として墳頂部及び一段目テラスに円筒埴輪列(えんとうはにわれつ)、墳丘斜面には葺石(ふきいし)が確認され、周囲には濠 が巡っています。遺物は、円筒埴輪・盾形(たてがた)埴輪・蓋形(きぬがさがた)埴輪・家形(いえがた)埴輪・須恵器器台(すえききだい)等が採集されて います。また、古墳の墳丘の体積は、盛土とすれば約14,000m3と推定されています。

さらに、周囲には計画的に配置された方形の陪 塚(ばいちょう)5基があります。1号陪塚は、ほとんど壊れていますが、発見当初の規模は、一辺11.7m、高さ1.8mを測り、円筒埴輪や葺石が認めら れます。現在は、一辺8.0m、高さ0.7mの規模となっています。2号陪塚は、「小塚(こづか)」と呼ばれ、現存している陪塚の中では最大で一辺 22.0m、高さ2.0mを測り、葺石・円筒埴輪列が確認されています。また、須恵器片が採集されています。3号陪塚は、痕跡のみで墳丘規模は不明です が、発見当初は、1.0m程度封土が残存していたようで、円筒埴輪、蓋形埴輪片が採集されています。4号陪塚は、周辺を開墾されているため、墳丘の形状は 不明瞭ですが、一辺16.0m、高さ1.5mを測ります。5号陪塚も開墾などで墳丘の形状は不明瞭ですが、一辺15.1m、高さ0.7mを測り、埴輪片等 が採集されています。なお、主墳及び陪塚の内部主体・副葬品などは不明です。明合古墳群の形成された時期は、採集されている遺物から5世紀前半~6世紀初 めと推定されます。

明合古墳群の主墳は、5世紀前半の安濃川流域最大の首長墳で、以後、三重県下でこのような規模・形態の古墳が築造されていないことを考えれば、三重県の古墳文化を考える上で極めて注目される古墳群です。 
住所 三重県津市安濃町田端上野 MAP

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